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名古屋高等裁判所 平成5年(ネ)364号 判決

控訴人(原告) 春日井学校労働者組合

被控訴人(被告) 春日井市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、春日井市立北城小学校長名をもって、左記の陳謝文を縦横それぞれ一メートルの白紙に墨書して、春日井市役所一階ロビー内掲示板及び春日井市立北城小学校玄関壁面に一か月掲示せよ。

陳述文

当職は、貴職員団体に対し、一九九〇年一〇月四日以来、長期にわたって貴職員団体の交渉要求を拒否してきたことをここに深く陳謝するとともに、今後かかる違法行為を行わないことを誓約します。

年  月  日

春日井市立北城小学校

学校長 梅本正孝

春日井学校労働者組合 御中

4  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

5  第2項につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要及び当事者の主張

本件事案の概要(事実関係及び当事者の主張を含む。)は、原判決三枚目表四行目の「に補され」の前に、「教諭」を付加し、同一〇枚目裏一〇行目の「掲示」の次に、「を」を付加するほか、原判決の事実及び理由欄「第二 事案の概要」に記載されているとおりであるから、これを引用する。

第三証拠〈省略〉

理由

当裁判所も、梅本校長の本件交渉拒否は違法とは認められないから、控訴人の本訴請求は、いずれも失当として棄却すべきものであると判断する。そして、その理由は、次に訂正、削除、付加するほか、原判決の事実及び理由欄「第三 争点に対する判断」に説示するとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一三枚目表七行目の「一一八七頁」を「一一七八頁」と訂正する。

二  同裏五行目の「私企業における労働者が有する団体交渉権」を「労働組合の団体交渉」と訂正する。

三  同六行目の「異なっている」の次に、「ものというべきである。」を付加し、同「といわざるを得ないのであって」から九行目までを削除する。

四  同一四枚目表五行目冒頭から一一行目の「そして、」までを削除する。

五  同裏二行目の「その結果」から同四行目の「承認している」までを、「予備交渉が整わない以上、原則として、当局は交渉に応ずべき地位に立たない」と訂正する。

六  同六行目冒頭から同一五枚目表二行目までを削除する。

七  同裏五行目の「一方的に」を削除する。

八  同六行目の「決裂」を「整わなかったこと」に訂正し、同行目から七行目にかけての「拒否している」を「拒否した」と訂正する。

九  同一一行目の「まとまらなかった」から同一二行目の「適法である」までを、「整わない以上、原則として、当局は交渉に応ずべき地位に立たないもの」と訂正する。

一〇  同一六枚目表六行目の「まとまらなかった」を「整わなかった」と訂正し、同「非常識ないし」を削除する。

一一  同七行目から八行目にかけての「当局側に本交渉に応ずる意思が当初から全くなく」を、「当局側が」と訂正する。

一二  同一〇行目の「固執した」の次に、「等、予備交渉が整わなかった原因が当局側の不当な行為に基づく」を付加する。

一三  同一一行目の「決裂」を「整わなかったこと」と訂正する。

一四  同裏四行目の「各供述」の次に、「及び弁論の全趣旨」を付加する。

一五  同八行目の「六名を大幅に超える人数ではなかった」を「七名であった」と訂正する。

一六  同一七枚目表七行目の「の多数であり、」から同八行目の「分からない状態」までを削除する。

一七  同裏三行目の「非常識ないし」を削除する。

一八  同一八枚目表六行目の「のみならず、」の次に、「成立に争いのない甲第三三号証の二並びに」を付加する。

一九  同七行目の「平成三年六月二〇日、」を削除し、「原告からの」の次に、「平成三年六月二〇日付の」を付加する。

よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 河邉義典 岡本岳)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一 被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告は、春日井市立北城小学校長名をもって、左記の陳謝文を縦横それぞれ一メートルの白紙に墨書して、春日井市役所一階ロビー内掲示板及び春日井市立北城小学校玄関壁面に一か月掲示せよ。

陳述文

当職は、貴職員団体に対し、一九九〇年一〇月四日以来長期にわたって貴職員団体の交渉要求を拒否してきたことをここに深く陳謝するとともに、今後かかる違法行為を行わないことを誓約します。

年 月 日

春日井市立北城小学校

学校長 梅本正孝

春日井学校労働者組合御中

第二事案の概要

本件は、愛知県春日井市立小中学校の教職員を構成員とする職員団体である原告が、春日井市立北城小学校の校長に対し、同小学校における勤務条件について、地方公務員法(以下「地公法」という。)五五条に基づく交渉(以下「本交渉」という。)を申し入れたところ、同校長がこれに応じなかったことを理由として、被告に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償と謝罪広告を求めた事案である。

一 争いのない事実等

1 原告らについて

(一) 原告は、春日井市立小中学校の教職員を構成員として昭和六二年五月二三日に結成された職員団体であり、地公法五二条及び五三条の要件を満たす登録団体である。(原告代表者本人)

(二) 訴外渡邊真臣(以下「渡辺」という。)は、昭和四九年四月愛知県教育委員会から愛知県春日井市公立学校教員に任命された者であり、昭和六〇年四月から愛知県春日井市立北城小学校(以下「北城小学校」という。)に補され現在に至っている。

渡辺は、原告結成と同時に原告の組合員となり、平成元年五月から原告の書記長の地位にある。(証人渡邊真臣)

2 被告らについて

(一) 訴外梅本正孝は、平成二年四月一日以降北城小学校の校長の地位にある(以下「梅本校長」という。)。(争いがない。)

(二) 梅本校長は、学校管理者として、勤務時間の割振り、休暇の承認、執務環境の整備などに関し権限を与えられているほか、仮に学校長自身にその権限が認められない事項であっても、教育行政につき教育委員会に報告し、その円滑かつ妥当な運営を図る義務を負うものであるから、職員団体から勤務条件に関し適法な交渉の申入れがあった場合には、その申入れに応ずべき地位に立つものである。(争いがない。)

3 予備交渉に至るまでの経過

(一) 原告は、渡辺の勤務校である北城小学校の勤務条件の改善を図るため、梅本校長を相手として、左記の日時に交渉を実施してきた。(争いがない。)

平成二年六月二八日 午後四時から午後六時三〇分

同年七月五日    午後四時三〇分から午後七時

同月七日      午後四時から午後七時

同月一一日     午後五時三〇分から午後五時四五分

(二) 右各交渉における交渉内容は、左記の事項である。

(1) 「泊を伴う学校行事」の時間外勤務について

(2) 年次休暇の取得方法

(3) 研修旅費について

(4) 短縮授業中の研修について

(5) その他関連事項

右交渉事項のうち、(2)、(4)及び(1)のうち当面する五学年のいわゆる野外学習の勤務については交渉を終了した。(3)については交渉はなされたが結論に達しなかった。(争いがない。)

(三) 平成二年九月二五日、北城小学校の校長室において、渡辺は梅本校長に交渉を申し入れた。

梅本校長がその交渉内容を問い質したので、渡辺は「修学旅行の勤務に関することが中心となる。」旨伝えたところ、梅本校長が「それは先生と話せばよい。」と答えたことから、渡辺は、「修学旅行も近づいているので都合のよい日を二、三日あげて欲しい。組合の方で検討するので。」と話したが、梅本校長からは明確な返事はなく、渡辺は、「とにかく交渉を申し入れましたよ。」と述べて校長室を出た。(争いがない。)

(四) 平成二年九月二七日になっても梅本校長からの返事がなかったことから、同日午後四時三〇分ころ、渡辺が梅本校長に問い質したところ、梅本校長は「交渉に応じるかどうかわからない。」と答えた。

これに対して、渡辺は、明朝返事を聞きたい旨伝えた。(争いがない。)

(五) 平成二年九月二八日、午前中に渡辺が校長室を訪れると、梅本校長は、「先生と話してから。」「交渉に応じるかどうかはわからない。」などと繰り返した。渡辺は授業時間が迫っていたため、後で来る旨告げて校長室を出た。

同日昼過ぎ、渡辺が再び校長室を訪れた際、梅本校長は、「まだ迷っている。」「二人で話せばよい。」と繰り返したことから、渡辺は、「交渉に応じる立場にあるのだから、可能な日時を示して欲しい。」と述べたところ、梅本校長は、「まず、予備交渉をしてからでないと。」と答えた。そこで、渡辺は、修学旅行も迫っているので即本交渉をして欲しい旨告げたが、梅本校長は予備交渉にこだわりつつ明言を避け、「四時に来て欲しい。」と述べた。

渡辺が同日午後四時に校長室を訪れた際、梅本校長との間で同年一〇月四日午後四時三〇分から予備交渉を行うことで合意した。(争いがない。)

4 予備交渉の実施

(一) 平成二年一〇月四日午後四時三〇分から、北城小学校校長室において原告と学校当局との間で予備交渉が行われた(以下「本件予備交渉」という。)。参加者は、原告側が委員長等四名、学校側が校長と教頭であった。(争いがない。)

(二) 原告側から、交渉内容、参加者等を記した「予備交渉―春学組案」を参加者に配布されて予備交渉が開始され、まず、本交渉の場所を北城小学校校長室で行うことを決定した。

次に、交渉員数の話となったところ、梅本校長は、「交渉参加者は当局側である我々が二名であるから、組合側も二名にして欲しい。そうしなければ交渉に応じることはできない。前回の交渉の時、圧力を感じた。」、「地方公務員法に「役員の中から指名する者」とあるから、役員全員が参加しなくてもよいではないか。委員長と書記長だけでいいではないか。」と述べた。

これに対し、原告側は、組合役員に一般組合員を加えた合計六名の出席を要求し、〈1〉前回の北城小校長交渉においても、我々が行った他校における交渉においても、暴行、暴言により交渉を混乱させたことはないこと、〈2〉他の小中学校校長交渉も同様の人数で実施し、特に反対されたこともないこと、〈3〉役員の中から誰が参加するのかは、組合内部の問題であり、全員出席しても違法ではないこと、〈4〉地方公務員法では、「役員以外の者を指名することができる」としており、役員以外も参加することができること、〈5〉「圧力を感じる」ということで参加者を制限することは不当であることなどを述べた。

これに対し、梅本校長は約二時間にわたって「圧力を感じる」、「人数もあらかじめ取り決めることになっているから」などと繰り返したほか、しばらく沈黙を続けており、その間教頭から「六でだめなら四というのが歩み寄りではないか。」という発言がなされたが、原告からは再びその不当性の主張がなされたことから、結局梅本校長は「三名ではどうですか。」との提案をした。

しかし、原告はこの提案を拒否したことから、梅本校長は、同日午後七時ころ、「人数が一致しないので交渉に応じない。」と述べて席を立った。(証人梅本正孝、原告代表者本人及び弁論の全趣旨)

5 予備交渉以降

(一) 原告は、本件予備交渉以後、修学旅行も迫っていたことから、平成二年一〇月八日、原告委員長小林誠司が梅本校長に予備交渉の継続を要求したが、梅本校長はこれに応じようとしなかった。

そこで、同委員長は、翌一〇月九日午前一〇時までに再考して返事をするよう梅本校長に申し入れた。(争いがない。)

(二) 平成二年一〇月九日午前一〇時までに梅本校長から何らの回答もなかったことから、原告は、同日、弁護士伊神喜弘を代理人として、梅本校長に対し、抗議を申し入れるとともに直ちに予備交渉を開くことを求めた書面を送付した。

右書面では、連絡先を原告委員長として梅本校長からの回答を待ったが、梅本校長からの回答はなかった。(争いがない。)

(三) 平成二年一〇月一八日、原告委員長が梅本校長に再度確認の電話を入れたが、梅本校長の予備交渉継続拒否の姿勢は変わらなかった。(争いがない。)

二 争点

1 原告の主張

(一) 梅本校長の本交渉拒否

前記の事実経過からすれば、梅本校長は、原告が同校長から出された原告側の本交渉参加者数を二名又は三名とする旨の提案を受け入れないことを理由として、本件予備交渉を一方的に中止し、本交渉を拒否していること(以下「本件交渉拒否」という。)が明らかである。

(二) 梅本校長の本件交渉拒否行為の違法性

(1) 地公法五五条の趣旨

地公法五五条は、職員団体と地方公共団体の当局との交渉について定めているところ、同条にいう交渉も、勤労者の団体交渉権の保障を定めた憲法二八条に由来するものである。

したがって、地方公務員の交渉は団体協約締結権を伴わず、その手段たる争議権を否定されてはいるが、団体の組織を背景として相手方と対等の立場に立って勤務条件等の改善のため折衝することができることは私企業の労働組合の場合と何ら異ならず、同条に基づく職員団体の交渉についても、労働法的な考慮の下に考察されるべきである。

そして、地公法五五条一項ないし一一項は、職員団体の交渉について定めているが、これらの規定を形式的に理解し職員団体の交渉を不当に制限することがあってはならない。

(2) 地公法五五条五項の解釈について

団体交渉において、労働組合側の交渉員の員数と誰が交渉員となるかは、当該組合の自主的決定に委ねるべきものであって、使用者が一方的に制限することは原則として組合への団結自治の侵害・支配介入となるというべきであって、この法理は地公法上の職員団体にあっても同様であり、公務員の団結体たる職員団体だからといって、この理を否定し、職員団体の自主的決定を制約すべき理由は存在しない。

地公法五五条五項の規定は、交渉の手順を定めているだけであって、交渉人数について協議が成立しない場合に、地方公共団体の当局が交渉を拒否することを正当化するものではない。

したがって、交渉員数について協議が成立しないとき、交渉員数は職員団体の自主的決定に委ねられるものであって、役員の一部である二名ないし三名のみに交渉員数を制限することは、団結自治の侵害・支配介入として違法である。

(3) 本件交渉拒否行為の違法性

(ア) 梅本校長は、本件予備交渉において、原告が六名の交渉員を提案しているのに対し、これを二名ないし三名に制限し、これを原告が受け入れないことを理由として予備交渉自体を中止したが、これは実質的に何ら正当な理由なく本交渉を拒否したものにほかならず、その違法性は顕著である。

また、職員団体の役員は、労働組合法七条二号にいう労働者の代表者と解すべきであって、その性格上当然全員が交渉員に含まれるべきものである。したがって、交渉員数を原告の役員の一部である二名ないし三名のみに制限した梅本校長の提案は、右の観点からも違法である。

(イ) 地方公共団体の当局が職員団体の自主的に決定した交渉員数に同意せず、これを理由に本交渉を拒否することが違法とならない場合があり得るとしても、地方公務員に労働基本権が保障されている趣旨に照らすと、その場合には、本交渉が開かれなくともやむを得ないと考えられるだけの実体的理由及び手続的理由が存在することが必要と考えるべきである。

梅本校長が原告の交渉員数を二名ないし三名のみに制限する理由は、原告の交渉員が五、六名で声を荒げたり、いろいろと発言したりして圧迫、圧力を感じたという程度のものであって、本交渉が開かれなくともやむを得ないと考えられるだけの実体的理由としては薄弱である。

また、本件予備交渉において原告が二名ないし三名の交渉員数の提案を受け入れないことを理由として、予備交渉そのものを中止し、原告からのその再開要求にも応じないのは、交渉に応ずる誠実な態度とはいえない。

(ウ) 梅本校長の本件交渉拒否行為は、本交渉の実現を回避するため、本件予備交渉を決裂させることにより本交渉の開催を不可能にしようとする意図に基づいた行為であり、交渉員数問題はそのための口実に過ぎない。これは地公法五五条一項の定める団交応諾義務の不履行であって違法である。

(三) 原告の損害

梅本校長の右違法行為は、原告の登録団体たる存在を否定する行為にほかならず、原告の職員団体としての社会的評価又は存在価値を著しく低下させるものであって、原告の名誉を毀損し、また原告の職員団体としての諸活動にも大きな障害を生じさせた。

これらは、金銭に見積れば、慰藉料として一〇〇万円を下らない。

また、原告の職員団体としての社会的評価又は存在価値の低下と名誉の毀損は、右慰藉料の支払だけで回復することは困難であり、右回復のために請求欄第二項記載の陳謝文の掲示させることが相当である。

(四) 結論

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、損害賠償として一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日である平成二年一一月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに請求欄記載の謝罪広告の掲示を求める。

2 被告の主張

(一) 本交渉における交渉員数の取り決めは、本交渉をスムーズにかつ平静に行うための一つの必要な条件であり、地公法五五条五項により許容されているものである。

梅本校長は、本件予備交渉に先立ち、原告との間で数回にわたり本交渉をもったが、原告側は、ほとんど常に五、六名で交渉に臨み、数の力を背景に梅本校長を威嚇、威圧する傾向がないではなく、梅本校長は、この本交渉において精神的、身体的圧迫を受け、平静に話合いをすることが困難な事態を経験していたので、地公法の前記規定に従い、本交渉が平静にスムーズに行われるようにと考えて、本件予備交渉をもつこととした。

(二) 梅本校長は、本件予備交渉において、本交渉の参加人数について、当初原告側、当局側各二名、後に原告側三名、当局側二名の提案を行ったが、右提案は、原告の組合員数が六名くらいと推認できること、交渉場所が小学校という職場であること、被告側の交渉員数が校長と教頭の二名であること、本交渉における議題の内容、その他本件予備交渉における諸般の事情に照らし、常識的に見て極めて妥当な提案であって、決して不当な提案ではない。

これに対して、原告側があくまでも六名を主張して譲らなかったため、右人数の取り決めについて合意するに至らず、本交渉へ進展しなかったものである。

梅本校長には、本交渉を拒否する意図は全くなく、また客観的にも実質的に交渉を拒否すると評価し得る言動も全くなかったものであるから、違法性は全くない。

第三争点に対する判断

一 地公法五五条の趣旨

1 原告は、地公法五五条の定める職員団体と地方公共団体の当局との交渉は、勤労者の団体交渉権の保障を定めた憲法二八条に由来するものであるから、同条に基づく職員団体の交渉についても、労働法的な考慮の下に考察されるべきであると主張する。

2 しかし、原告の右主張は採用することができない。

なぜなら、そもそも地公法が労働組合法の適用を全面的に排除し(地公法五八条一項)、争議行為等を禁止(同法三七条一項)したのは、〈1〉地方公務員は、地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するものであって、地方公務員が争議行為に及ぶことは、右のようなその地位の特殊性及び職務の公共性と相容れず、また、そのために公務の停廃を生じ、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがあること、〈2〉地方公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件が、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって定められ(地公法二条、二四条六項)、また、その給与が地方公共団体の税収等の財源によって賄われるところから、専ら当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によって決定されるべきものであることからであって、このような場合には、私企業における労働者の場合のように団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も、団体交渉の裏付けとして本来の機能を発揮する余地に乏しいという理由に基づくものである(最高裁判所昭和五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一八七頁)。

それ故、憲法二八条の定める労働基本権の保障は地方公務員にも及ぶとはいえ、それは地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のためにこれと調和するように制限されることもやむを得ないというべきであって、その結果として、地公法五五条の定める職員団体と地方公共団体の当局との交渉には団体協約を締結する権利を含まないものとされ(地公法五五条二項)、右交渉拒否に対する不当労働行為制度による担保も存在しないものとされているのである(地公法五八条一項)。

したがって、地公法五五条の定める職員団体と地方公共団体の当局との交渉は、私企業における労働者が有する団体交渉権とは実質的に異なっているといわざるを得ないのであって、同条の解釈にあたっても、労働組合法の解釈をそのまま持ち込む余地はなく、右のような制約の存在する交渉にふさわしい解釈がなされれば足りるというべきである。

二 地公法五五条五項の解釈について

1 原告は、地公法五五条五項の解釈として、交渉員数について協議が成立しないとき、交渉員数は職員団体の自主的決定に委ねられるものであって、役員の一部である二名ないし三名のみに交渉員数を制限することは、団結自治の侵害・支配介入として違法であると主張する。

2 しかし、原告の右主張は採用することができない。

まず、地公法五五条の解釈にあたって、労働組合法の解釈をそのまま持ち込むことができないことは前記のとおりであるから、労働組合法の解釈として原告主張の考え方を採用できるかどうかについてはひとまずおき、既に述べたように同法の定める団体交渉権とは実質的に異なったものとして規定されている地公法五五条の解釈に労働組合法の解釈をそのまま当てはめられるものではない。

そして、同条五項の解釈としては、同項が交渉員数の取り決め自体を予備交渉の目的と規定していることからすると、当局側がその予備交渉の過程で職員団体側の交渉員数を制限するよう申し入れることを肯定していることは明らかであるし、その結果予備交渉がまとまらなかったとき、これを理由として本交渉を拒否することが原則として可能であることも一般論として承認しているものと解するのが相当である。

そもそも、団体交渉権というのは、労働者が団結した団体を交渉主体としてその代表者を通じて労働条件について使用者と交渉する権利であって、多衆が立会して交渉する権利ではないというべきであるから、右団体の代表者が当該団体を代表してその団体の意思を使用者に伝達する機会が保障されれば団体交渉の必要最小限の要件は満たされると考えられる。

したがって、当局側が、予備交渉の過程で、職員団体側の出席人数を減らすよう求めたとしても、原則として団結自治の侵害・支配介入として違法となる余地はないというべきである。

三 本件交渉拒否行為の違法性について

1 原告は、職員団体の役員は労働組合法七条二号にいう労働者の代表者と解すべきであって、その性格上当然全員が交渉員に含まれるべきものであると主張するが、地公法五五条五項は、交渉の当事者を「職員団体がその役員の中から指名する者」と規定しており、職員団体の役員全員が同条の定める交渉に出席し得る資格を有することは明らかであるが、現実の交渉員をその役員の一部に制限することを禁止しているとは到底解し難いから、原告の右主張は採用することはできない。

2 原告は、梅本校長の本件交渉拒否行為は、実体的にも手続的にも違法不当なものである旨主張するので、本件における原告と梅本校長との交渉経過に即して検討する。

(一) 前記認定事実によれば、梅本校長は、原告が同校長からなされた原告側の本交渉参加者人数を二名又は三名とする旨の提案を受け入れないことを理由として、本件予備交渉を一方的に中止するとともに、予備交渉の決裂を理由として本交渉の開催を拒否していること(本件交渉拒否)が認められる。

しかし、既に述べたように、地公法五五条の解釈として、当局側が予備交渉の過程で職員団体側の交渉員数を制限するよう申し入れることは許容されており、その結果、予備交渉が交渉員数の点でまとまらなかったことを理由として本交渉に応ずることを拒否することは、原則として適法であると解されるから、梅本校長の本件交渉拒否行為についても、原則としてこれを違法と断ずることはできないというべきである。

(二) もっとも、職員団体の交渉について定めている地公法五五条一項ないし一一項の規定を形式的に理解し、職員団体の交渉を不当に制限することがあってはならないことはもちろんであるから、予備交渉がまとまらなかった理由が、当局側が非常識ないし著しく不当な提案をしてこれに固執したことにある場合、又は、当局側に本交渉に応ずる意思が当初から全くなく、本交渉を行わないことの口実とするため、予備交渉が決裂することを目的として当局側が故意に妥協を拒み自論に固執した場合には、右原則に対する例外として、予備交渉の決裂を理由として本交渉に応ずることを拒否することが同法五五条に反する違法なものとなる余地があると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定の事実及び成立に争いのない甲第一、二号証、第五号証、証人梅本政孝、同渡邊真臣、原告代表者本人の各供述によれば、本件予備交渉において、梅本校長は原告側に、当初交渉参加員数を、原告側、当局側を同数の二名とするよう求めたものの、その後話合いの過程で原告側参加員数を三名とすることに譲歩したこと、これに対し原告の当時の組合員数は六名を大幅に超える人数ではなかったことが推測されるところ、原告側は当初から一貫して組合役員に一般組合員を加えた六名の者の交渉参加を要求していたこと、北城小学校は教職員が一九名の比較的小規模の学校であるが、原告組合員のうち北城小学校に勤務する教諭は右渡邊真臣書記長一人であったこと、ところで本交渉の当面の中心議題は修学旅行の回復措置の問題であったが、これらの問題につき梅本校長と交渉をもつに当たり、原告側に六名の者の参加を実際に必要とする具体的事情は窺えないこと、一方、梅本校長は、北城小学校に新任の校長として着任以来、前記のとおり原告との本交渉に応じてきていたのであるが、その間の交渉参加者は、当局側が二名に対し、原告側は五ないし六名の多数であり、しかも原告側参加者の役員と一般組合員との構成比率もよく分からない状態であったこと、交渉前に、原告から、「校長交渉に傍聴を希望する方は組合まで連絡を」と記載された、交渉に多衆の教員の参加を呼びかける趣旨のビラが配布されたことがあったこと、梅本校長は、こうした原告との交渉に疲労感とともに、原告側出席人数が学校側の二ないし三倍であることに強い圧迫感を覚えていたことが認められる。

以上認定の本件交渉に至る経緯、状況に照らすと、梅本校長の参加人員に関する右提案をもって、非常識ないし著しく不当なものと評価することはできないし、ほかにこれが原告の交渉権を不当に制限するものであることを認めるに足りる証拠はない。

また、梅本校長が原告からの予備交渉の再開要求に応じなかった点についても、成立に争いのない甲第三号証の一並びに原告代表者本人及び証人渡邊真臣の各供述によれば、原告は、梅本校長に対して予備交渉の再開を求めるに際し、一方的に梅本校長の提案の不当性を主張するのみで原告側に妥協の余地があることを伝えていないことが認められるから、梅本校長において、予備交渉を再開しても妥結の余地がないものと判断してその再開に応じなかったこともやむを得ないものというべきである。

(三) 更に、原告は、梅本校長の本件交渉拒否行為は、本交渉の実現を回避するため、本件予備交渉を決裂させることにより本交渉の開催を不可能にしようとする意図に基づいた行為であり、交渉員数問題はそのための口実に過ぎないと主張するが、証人梅本正孝は右意図の存在を否定しているのみならず、同証人及び原告代表者本人の各供述によれば、平成三年六月三〇日、原告からの申入れに応じて行われた予備交渉において、梅本校長と原告との間に本交渉の参加者を当局側二名、原告側三名とする旨の合意が成立し、同年七月一九日、右合意に基づいて現実に地公法五五条に基づく本交渉が行われていることに照らしても、梅本校長に本交渉に応ずる意思が当初から全くなく、本交渉を行わないことの口実とするため、予備交渉が決裂することを目的として当局側が故意に妥協を拒み自論に固執したことを認めるには足りないというべきである。

したがって、梅本校長の本件交渉拒否行為が前記例外に該当することは認め難い。

3 そうすると、梅本校長の本件交渉拒否行為には、原告の主張するような違法性は存在しないといわざるを得ないから、右行為の違法をいう原告の主張は理由がない。

四 結論

以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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